2025年は、生成AIの導入率と企業価値化の乖離が可視化された年である。2025年8月18日のFortune報道は、MIT Project NANDAの調査として「企業のGenAIパイロットの95%がP&Lに有意な効果を出せていない」と伝えた。これは一次公開論文そのものではなく報道経由の数値であるが、現場感と整合する警鐘として扱う価値がある。

同時に一次情報でも、価値化の遅れは確認できる。McKinseyの2025年11月5日公開調査では、AI導入自体は広がる一方、企業全体のEBIT影響を報告する回答は39%にとどまる。KPMGの2024年10月21日調査でも、AI投資で「測定可能な成果を確立済み」は15%にとどまる。すなわち「ROIを厳密測定できない企業が多数」という構図は、77%という流通値の厳密性は別として、方向性としては妥当である。

本稿は、2025年3月13日にGartnerが示したROE(Return on Employee)とROF(Return on Future)を、従来ROIと統合して実装する設計を提示する。目的は、感覚的な“Vibe-Based予算”から脱し、6か月以内の回収要求に耐える意思決定モデルを構築することである。

1. 2026年の問題設定: ROI一本足打法では失敗を再生産する

生成AI投資を従来型ROIだけで裁くと、短期の工数削減が測りやすい領域だけが採択され、戦略オプション形成や組織学習が切り捨てられる。結果として、PoCが乱立し、現場の生産性向上と企業損益の接続が切れる。これは「プロジェクトが失敗する」のではなく、「測定設計が失敗している」状態である。

2026年の実務では、次の三層を同時に管理する必要がある。

  • ROI: 直接的なコスト削減・売上改善(財務に直結)
  • ROE: 従業員体験の改善(意思決定速度、引き継ぎ損失、認知負荷)
  • ROF: 将来価値の創出(新規ユースケース、データ資産、再利用可能コンポーネント)

Gartnerの提案は、ROIを否定するのではなく、ROE/ROFを補助軸として明示的に組み込む点に価値がある。

2. Gartner ROE/ROFを使った評価アーキテクチャ

実装時は、案件ごとに三層KPIを事前定義し、予算審査と継続判定のゲート条件に埋め込む。最低限の設計は以下である。

  • Gate 0(採択前): ROI仮説1本、ROE仮説2本、ROF仮説1本を必須提出
  • Gate 1(8週間): ROEの先行指標が改善しない案件は停止
  • Gate 2(16週間): ROIまたはROFのどちらかが閾値未達なら縮小
  • Gate 3(24週間): 6か月回収シナリオ(ベース/悲観/楽観)で再投資判断

ROEは「問い合わせ一次解決率」「文書探索時間」「オンボーディング完了日数」など、既存業務システムから週次取得できる指標に限定する。ROFは「再利用可能プロンプト資産数」「標準化済み評価データセット数」「次期案件への転用率」を使い、将来価値を“見える化”する。定義不能な指標は採択しない。

3. 生産性測定の実装: 代理指標ではなくタスク単位で測る

生産性測定の失敗は、部署平均の満足度や自己申告時間短縮に依存する点から始まる。実務では、タスク単位の前後比較と対照群を組み合わせるべきである。

  • 単位: 1業務プロセスを「入力-変換-承認-出力」に分解
  • 計測: リードタイム、再作業率、エスカレーション率、品質不良率
  • 設計: AI利用群と非利用群を同期間で比較(最低4週間)
  • 換算: 時間削減は人件費換算だけでなく、処理量増分と機会損失回避を加算

この形式を使うと、ROEは短期で観測し、ROIは遅れて反映し、ROFは案件横断で蓄積するという時間差を吸収できる。2025年12月16日のAxios報道が示したような「6か月以内に回収証明を求める投資家圧力」がある環境では、先行指標の設計なしに意思決定を維持できない。

4. 6か月ペイバック要求への対応戦略

6か月要求に対しては、すべてを短期ROIで説明しようとすると高確率で失敗する。代わりに、以下の二段構えが現実的である。

  • 短期(0-6か月): ROE中心。工数削減と品質安定を数値化し、キャッシュ消費を抑える
  • 中期(6-18か月): ROF中心。再利用資産による次案件の立ち上げ短縮を財務換算する

予算会議では「短期黒字化案件」と「オプション価値形成案件」を別ポートフォリオで管理し、評価基準を混在させないことが重要である。ROF案件に短期ROIだけを要求すると、将来価値は会計上ゼロとして扱われ、最終的に競争力を失う。

結論として、2026年のAI投資判断は、ROI単独からROI+ROE+ROFの複合評価へ移行すべきである。これにより、95%失敗という見出しが示す実装不全を、測定設計の再構築で反転できる。

FAQ

ROEは財務指標ではないのに、なぜ予算審査で使うのか?

ROEはROIの先行指標として機能するためである。意思決定速度や再作業率が改善しない案件は、中期で財務寄与を生みにくい。短期停止判断の精度を上げる目的で使うべきである。

ROFは「将来の可能性」を都合よく説明する道具にならないか?

転用率、再利用資産数、次案件立ち上げ期間など、監査可能な運用指標に限定すれば恣意性を抑制できる。測れないROFは採択しないルールが必要である。

6か月以内に成果を求められる場合、何から着手すべきか?

既存データと既存業務システムだけで計測可能な業務から始めるべきである。新規データ基盤構築を前提にすると、測定開始自体が遅れ、回収期限に間に合わない。

「95%失敗率」はそのまま信じてよいか?

2025年8月18日のFortune報道に基づく数値であり、MITの一次公開資料を直接確認できる状態ではない点に注意が必要である。本稿では、一次情報(McKinsey/KPMG/Gartner)で裏付けられる「価値化の遅れ」という構造と併せて解釈している。

参考文献