2026年2月5日、Google CloudはModel Context Protocol(MCP)向けのgRPCトランスポートパッケージを貢献すると発表した。MCPはAIエージェントがツールやデータソースと接続するための標準プロトコルであり、現在はJSON-RPC over HTTPをトランスポートとして使用している。Googleの貢献により、Protocol BuffersによるバイナリシリアライゼーションとHTTP/2の双方向ストリーミングがMCPに加わることになる。すでにgRPCを基幹マイクロサービスの標準プロトコルとして運用する企業にとって、エージェント導入の障壁が劇的に低下する転換点である。
なぜJSON-RPCでは限界なのか ── 既存gRPCインフラとの摩擦
MCPは2024年11月にAnthropicが公開したオープンプロトコルで、LLMがツール呼び出し・リソース取得・プロンプト管理を統一的に行うための仕様を定義している。トランスポートにはJSON-RPC over HTTPが採用されており、テキストベースで可読性が高く、デバッグが容易である点が特長とされてきた。
しかし、エンタープライズ環境ではgRPCがマイクロサービス間通信のデファクトスタンダードとなっている。SpotifyやGoogleをはじめ、数千のサービスがgRPCで通信するインフラを構築済みの組織にとって、MCPのJSON-RPCトランスポートは3つの摩擦を生んでいた。
- JSONシリアライゼーションのオーバーヘッド:テキストベースのJSONはバイナリ形式のProtocol Buffersと比較してメッセージサイズが3〜10倍大きく、シリアライゼーション速度も3〜5倍遅い
- リソース監視における非効率なロングポーリング:HTTP/1.1ベースのJSON-RPCでは、リソース変更の検知にロングポーリングが必要となり、リアルタイム性に欠ける
- APIコントラクトにおける型安全性の欠如:JSONスキーマでは実行時まで型エラーが検出されず、大規模システムでの信頼性担保が困難である
こうした課題は開発者コミュニティでも早くから認識されていた。2025年4月にはMCPのGitHub上で「なぜProtobufとgRPCを使わないのか」というディスカッション(#1144)が開始され、同年7月にはIssue #966「gRPCを標準トランスポートに追加する提案」が43のアップボートを獲得している。
Googleの貢献 ── プラガブルトランスポートとProtocol Buffers
Google Cloudが2026年2月に発表した貢献は、単なるgRPCアダプタの提供にとどまらない。MCP SDKにプラガブルトランスポート抽象化レイヤーを導入し、JSON-RPC以外のトランスポートを公式にサポート可能にするアーキテクチャ変更を含む。
具体的には、Python SDK向けのプルリクエスト(PR #1591)として、トランスポート抽象化インターフェースの実装が進められている。これは2025年12月にMCPコアメンテナーとの協議で合意された方針に基づくもので、gRPCトランスポートを「最初のプラガブルトランスポート実装」として位置づけている。
gRPCトランスポートが実現するMCPの技術的改善は以下の通りである。
- メッセージサイズの大幅削減:Protocol Buffersによるバイナリエンコーディングにより、JSONと比較してメッセージサイズが最大10分の1に圧縮される。特に小規模メッセージではgzip圧縮JSONの16%程度のサイズまで縮小する事例も報告されている
- 双方向ストリーミング:HTTP/2上でクライアント(エージェント)とサーバー(ツール)が単一の永続的接続上で同時にデータストリームを送受信可能となる。これにより、リアルタイムのエージェンティックワークフローが実現する
- 11言語以上のコード生成:.protoファイルから自動生成されるスタブにより、Go、Java、Python、TypeScriptなど11以上の言語で型安全なMCPサーバーを実装できる
- mTLS(相互TLS認証):クライアントとサーバーの双方を認証するmTLSがネイティブにサポートされ、ゼロトラストアーキテクチャとの親和性が高い
SpotifyのエンジニアリングリードであるStefan Särne氏は「gRPCはバックエンドの標準プロトコルであり、開発者にとっての使いやすさと親しみやすさ、そしてMCPサーバー構築に必要な作業の削減というメリットをすでに実感している」と述べている。
Agentic AI Foundation ── ベンダー中立な標準化の加速
GoogleのgRPC貢献は、MCPのガバナンス構造の変革と時期を同じくしている。2025年12月9日、Linux Foundation傘下にAgentic AI Foundation(AAIF)が設立され、AnthropicがMCPを同ファンデーションに寄贈した。
AAIFの設立メンバーは以下の構成である。
- プラチナメンバー:Amazon Web Services、Anthropic、Block、Bloomberg、Cloudflare、Google、Microsoft、OpenAI
- ゴールドメンバー:Cisco、Datadog、Docker、IBM、JetBrains、Okta、Oracle、SAP、Snowflake、Temporal、Twilioほか
- ファウンディングプロジェクト:MCP(Anthropic)、goose(Block)、AGENTS.md(OpenAI)
Anthropicが単独で管理していた時代と異なり、AAIFのベンダー中立なガバナンス下では、Googleのような大手クラウドプロバイダーからのトランスポート拡張提案がよりスムーズに受け入れられる。gRPCトランスポートの実現は、このオープンガバナンスへの移行がもたらした最初の具体的成果と言える。
さらに重要なのは、AGENTS.mdがすでに60,000以上のオープンソースプロジェクトで採用されており、Amp、Codex、Cursor、Devin、Gemini CLI、GitHub Copilot、VS Codeなど主要なAIコーディングエージェントがサポートしている点である。MCPとAGENTS.mdがAAIF傘下で並走することで、「エージェントがどのようにツールと通信するか(MCP)」と「エージェントがどのようにプロジェクトを理解するか(AGENTS.md)」の両面で標準化が進む。
エンタープライズ実装アーキテクチャ ── 既存gRPCメッシュとの統合
gRPCトランスポートのMCP統合は、エンタープライズにおけるエージェント導入のアーキテクチャを根本的に変える。従来、MCPサーバーを既存のgRPCマイクロサービスメッシュに統合するには、以下の3つのアプローチが必要であった。
- 既存gRPCサービスをJSON-RPCを話すMCPサーバーに書き換える
- gRPCとJSON-RPCの間にトランスコーディングプロキシを配置する
- gRPC実装とJSON-RPC実装を二重に維持する
いずれも開発・運用コストが高く、特にサービスメッシュ(Istio、Linkerd等)やAPI Gateway(Envoy等)がgRPC前提で構成されている環境では、JSON-RPCの異質性が障壁となっていた。
gRPCトランスポートが標準化されれば、既存のgRPCサービスに.protoファイルベースのMCPインターフェースを追加するだけで、AIエージェントからのツール呼び出しを受け付けられるようになる。サービスメッシュの負荷分散、レートリミット、mTLS認証といったインフラ機能がそのまま適用されるため、セキュリティとオブザーバビリティの追加実装が不要となる。
ただし、gRPCのサーバーリフレクションが提供するのは構造的な情報(メソッド名、パラメータ型)であり、LLMが必要とする意味的な自然言語記述(ツールの目的、パラメータの意味)は含まれないという指摘もある。MCPの.protoファイルにおいて、どのようにセマンティクス情報を付与するかは今後の設計課題として残されている。
タオリスの見立て ── 通信層の標準化がエージェント経済の基盤を形成する
GoogleのgRPCトランスポート貢献は、技術的な最適化を超えた戦略的意味を持つ。第一に、エンタープライズがAIエージェントを導入する際の「プロトコル変換コスト」を実質的にゼロにする。既存のgRPCインフラ、サービスメッシュ、CI/CDパイプラインがそのまま活用できるため、PoC(概念実証)から本番展開までのリードタイムが大幅に短縮される。
第二に、AAIFというベンダー中立なガバナンス下でgRPCトランスポートが標準化されることで、特定クラウドベンダーへのロックインなくエージェント通信基盤を構築できる。Google、AWS、Azureのいずれのクラウドでも同一のgRPC/MCPスタックが動作する将来像が現実味を帯びる。
第三に、Protocol Buffersの型安全性とコード生成は、エージェント間通信のガバナンスを強化する。JSON-RPCでは「何を送っても受け取ってしまう」緩さがあったが、.protoファイルによる厳密なコントラクト定義は、監査可能性とコンプライアンスの観点で金融・医療・行政分野の要件に適合する。
一方で、gRPCトランスポートは万能ではない。プロトタイピングやデバッグにおけるJSONの可読性、WebブラウザからのネイティブアクセスにおけるgRPCの制約(gRPC-Webへの変換が必要)、そして.protoファイルの学習コストは考慮すべきトレードオフである。MCPがプラガブルトランスポートアーキテクチャを採用し、JSON-RPCとgRPCの共存を可能にした設計判断は、こうした多様なユースケースへの配慮として評価できる。
エージェント通信の標準化は、個別のAI機能実装を超え、組織横断的な「エージェント経済」の基盤インフラとなる。gRPCトランスポートの登場は、その基盤がエンタープライズグレードの品質に到達しつつあることを示す重要なマイルストーンである。
FAQ
MCP gRPCトランスポートはいつリリースされるのか?
2026年2月時点でPython SDK向けのプルリクエスト(PR #1591)が進行中であり、正式リリース時期は未定である。Google Cloudがトランスポートパッケージの配布を担当する予定で、MCPメンテナーとの協議が続いている。
既存のJSON-RPCトランスポートは廃止されるのか?
廃止されない。MCPはプラガブルトランスポートアーキテクチャを採用し、JSON-RPCとgRPCが共存する設計である。ユースケースに応じて適切なトランスポートを選択できる。
gRPCトランスポートを使うにはProtocol Buffersの知識が必要か?
基本的な.protoファイルの記述と、protoc(Protocol Buffersコンパイラ)によるコード生成の理解が必要である。ただし、gRPCの11言語以上の自動コード生成により、実装の負荷は大幅に軽減される。
Agentic AI Foundation(AAIF)とは何か?
2025年12月にLinux Foundation傘下に設立されたファンデーションで、Anthropic、Block、OpenAIが創設に参画した。MCP、goose、AGENTS.mdをファウンディングプロジェクトとし、Google、Microsoft、AWSら8社がプラチナメンバーとして参加している。
参考文献
- gRPC as a custom transport for MCP — Google Cloud Blog, 2026年2月
- Google Pushes for gRPC Support in Model Context Protocol — InfoQ, 2026年2月
- Add gRPC as a Standard Transport for MCP · Issue #966 — GitHub modelcontextprotocol, 2025年7月
- Pluggable Transport Abstractions · PR #1591 — GitHub modelcontextprotocol/python-sdk
- Linux Foundation Announces the Formation of the Agentic AI Foundation — Linux Foundation, 2025年12月
- Donating the Model Context Protocol and Establishing of the Agentic AI Foundation — Anthropic, 2025年12月



