可観測性(Observability)のコストが制御不能に陥りつつある。企業は年間100万〜1,000万ドルを費やし、1日10TB超のテレメトリデータを処理している。この量は2019年比で5倍に膨れ上がり、コストは4年間で212%急騰した。84%の組織がコスト管理に苦慮するなか、OpenTelemetry(OTel)がベンダーロックインからの解放と計装の標準化という二つの課題を同時に解決するプロジェクトとして急浮上している。CNCF第2位の開発速度を誇るこのオープンソースプロジェクトは、2026年、可観測性の在り方そのものを書き換えようとしている。

可観測性コスト危機 ― 212%増の衝撃

可観測性コストの爆発は、クラウドネイティブ化の「隠れた代償」である。Gartnerの調査によれば、単一ベンダーに1,000万ドル以上を支払う企業も存在する。ある顧客事例では、2009年に4万ドル未満であった可観測性コストが2024年には約1,000万ドルに達した。

コスト増大の主因はテレメトリデータ量の指数関数的増加にある。特にログは冗長性が高く、全支出の過半を占めるケースも少なくない。Gartnerは「2028年までに可観測性コスト管理を実施しない企業の80%が50%以上の過剰支出に陥る」と警告している。OTelベースのテレメトリパイプラインによるデータ最適化が有効な対策として浮上しており、取り込み・保存コストを30%以上削減した実績がある。

OTelの急速な普及 ― CNCF第2位のプロジェクト

OpenTelemetryの普及は「採用するか否か」の議論を終えた段階にある。48.5%の組織が既にOTelを使用しており、25%が導入を計画中である。利用者の61%がOTelを「非常に重要」または「クリティカル」と評価し、81%が本番運用に耐えうると判断している。新規プロジェクトにおけるOTel採用率は90%超に達する見込みである。

開発コミュニティの活力も特筆に値する。OTelはKubernetesに次ぐCNCF第2位の開発速度を維持し、累計24,000人以上のコントリビューターを擁する。2025年だけで約4,000人の新規貢献者が参加した。Google、Microsoft、Amazon、Red Hat、Cisco、Uberといった大手テック企業がコアコントリビューターとして名を連ねる。

投資対効果の観点でも成果は明確である。OTel導入企業の実績ベースで50〜72%のコスト削減が報告され、採用者のほぼ半数が20%以上のROIを達成している。可観測性支出に対する平均ROIは2.6倍に達している。

ベンダーロックインからの解放 ― Datadogの教訓

ベンダーロックインの問題は、可観測性市場において最も切実な課題の一つである。典型例がDatadogである。Datadogは独自エージェントと独自データモデルを中心に構築されたプラットフォームであり、OpenTelemetryを「サポート」しているものの、OTelデータは内部で独自フォーマットに変換される。ダッシュボード、モニター、アラートはすべて独自ツールで構築されるため、移行にはすべてを一から再構築する必要がある。

OTelのセマンティックに豊富なアトリビュートは、独自システムへのマッピング過程で単純なキーバリューペアに変換され、深い分析に必要な文脈情報が失われる。批評者がDatadogを「金の鳥籠(gilded cage)」と表現するのは、この構造的な問題に起因する。

この問題に対するエコシステムの回答が、Grafana LabsによるBeylaのOTelへの寄贈である。BeylaはOpenTelemetry eBPF Instrumentation(OBI)として生まれ変わり、Linuxカーネルレベルでコード変更なしであらゆるプログラミング言語のアプリケーションを計装する。「計装はオープンな共有財であるべき」というOTelコミュニティの理念を体現している。

CI/CDとプロファイリング ― 4番目のシグナル

OpenTelemetryの対象領域は、従来のアプリケーション可観測性を超えて拡大している。CI/CD可観測性SIG(Special Interest Group)は、ビルド・テスト・デプロイパイプラインに対するセマンティック規約の標準化を推進している。CICD、artifacts、VCS、test、deploymentの各名前空間が導入され、Jenkins、GitHub Actions、GitLab CI等からのテレメトリ収集が標準化された。DORA指標の計測と改善がOTelネイティブに可能になりつつある。

プロファイリングは、トレース・メトリクス・ログに続く「4番目のシグナル」としてOTelに組み込まれつつある。OTLP v1.3.0でプロファイルが新たなシグナルタイプとして追加され、約20%の組織が既にプロファイリングを活用している。トレースでレイテンシの異常を検知し、プロファイルで該当コードパスを特定するという、シグナル横断の相関分析が実現しつつある。

課題と展望 ― 複雑性、スキルギャップ、Graduated認定

OTelの急速な普及にもかかわらず、本番運用における課題は残存している。第一に、OTel Collectorのスケーラビリティ問題がある。トラフィック増大に伴いCPU・メモリ・キュー深度が同時にスケールし、単一障害点となるリスクがある。

第二に、スキルギャップの拡大が懸念される。OTelの専門知識に対する需要は急増しており、求人票にOTel経験を要件として明記するケースが増加している。トレーニングおよび認定プログラムの整備は需要に追いついていない。

第三に、レガシーシステムからの移行コストが障壁となる。OBIのようなeBPFベースのゼロコード計装が移行の敷居を下げる可能性はあるが、万能ではない。それでもなお、OTelの軌道は明確である。CNCF Graduated認定への移行、GenAI向けセマンティック規約の策定、AIOpsとの統合により、OTelは単なるデータ収集ツールから可観測性プラットフォームの基盤レイヤーへと進化している。

FAQ

OpenTelemetryとは何か?導入のメリットは?

OpenTelemetryは、トレース・メトリクス・ログ・プロファイルの4種のテレメトリデータを統一的に収集・処理するためのオープンソース標準である。ベンダー中立なAPI・SDK・プロトコルを提供し、特定の可観測性ベンダーへの依存を排除する。導入企業は50〜72%のコスト削減を実現し、バックエンドの自由な選択・切り替えが可能になる。

既存の可観測性ツールからOTelへの移行は困難か?

移行の難易度はシステムの規模と既存ベンダーへの依存度に依存する。新規プロジェクトでは90%以上がOTelを選択している。既存システムでは、OTel Collectorを中間に配置し段階的に計装を置き換える戦略が推奨される。OBI(eBPF自動計装)を活用すれば、コード変更なしでテレメトリを即座に取得できる。

プロファイリングが4番目のシグナルとして追加された意義は?

従来の3シグナルは「何が起きたか」を示すが、「なぜ遅いのか」には答えられなかった。プロファイリングの追加により、CPUホットスポットやメモリリークの原因を関数レベルで特定できるようになり、MTTR(平均修復時間)の短縮とクラウドコストの最適化に直結する。

参考文献