WebAssemblyとは何か──Webを超えるバイトコード

WebAssembly(Wasm)は、Webブラウザ上でネイティブに近い速度でコードを実行するためのバイナリ命令フォーマットである。2019年にW3Cの正式な標準規格として勧告され、主要ブラウザすべてがサポートする基盤技術となった。2025年12月にはWasm Version 3.0がリリースされ、ガベージコレクション統合やテール呼び出し最適化など、長年の課題であった機能が正式に仕様化された。

ブラウザにおけるWasmの利用率は、デスクトップで約0.35%、モバイルで約0.28%と、数値上は控えめに見える。しかしこの分布はべき乗則に従っており、トラフィック上位のサイトほどWasmの採用率が高い傾向にある。Figma、Google Earth、Adobe Photoshop Webなど、高負荷な処理を要するアプリケーションがWasmの主戦場であり、利用率の数字以上に実質的な影響力を持つ技術である。

WASI とコンポーネントモデルの成熟

Wasmの適用範囲をブラウザ外へ拡張する鍵となるのが、WASI(WebAssembly System Interface)である。WASIはファイルシステムやネットワークへのアクセスをサンドボックス化された形で提供し、Wasmモジュールがサーバーやエッジ環境で安全に動作することを可能にする。2025年にはWASI Preview 3の安定化が進み、非同期I/Oやストリーミング処理への対応が本格化した。

WASI Preview 3と並行して注目すべきは、コンポーネントモデルの標準化である。コンポーネントモデルは、異なる言語で書かれたWasmモジュール同士を型安全に結合する仕組みを提供する。これにより、RustのライブラリとPythonのビジネスロジックを単一アプリケーションとして構成するといった、言語横断的なソフトウェア設計が現実のものとなりつつある。

エッジ・サーバーサイドへの進出

Wasmのブラウザ外展開を象徴する出来事が、2025年のAkamaiによるFermyon買収である。Fermyonはサーバーサイド向けWasmランタイム「Spin」を開発してきたスタートアップであり、Akamaiはこの買収によりエッジコンピューティング基盤へWasmを本格統合する戦略を明確にした。Cloudflare WorkersやFastly Compute@Edgeと合わせ、エッジWasmは主要CDNベンダーの標準機能となりつつある。

興味深い事例として、PHPおよびWordPressをWasmにコンパイルし、エッジ環境で動作させるデモンストレーションが報告されている。これはWASIの成熟により、従来サーバーサイドでのみ動作していたアプリケーションが、ブラウザやエッジノード上でも実行可能になることを示す好例である。IoTデバイスへの展開も視野に入っており、Wasmのポータビリティは「一度コンパイルすればどこでも動く」という理想に着実に近づいている。

主要言語・フレームワークのエコシステム

Wasmエコシステムにおいて、Rustは他の言語に対しておよそ1年先行していると評価されている。RustのWasmフレームワークであるYewは、Reactに近いコンポーネントモデルでフロントエンド開発を可能にし、wasm-bindgenやwasm-packなどのツールチェーンも成熟している。Rustの所有権システムはガベージコレクタなしでメモリ安全性を担保するため、Wasmとの親和性がきわめて高い。

一方、Microsoftの存在感も無視できない。Blazor WebAssemblyを通じて.NETエコシステムをWasmに持ち込んだ結果、Wasmライブラリ利用の23.2%をMicrosoftが占めるに至っている。.NET 11ではWasmランタイムがMonoからCoreCLRへ移行する計画が進んでおり、パフォーマンスとデバッグ体験の大幅な改善が見込まれる。エンタープライズ領域におけるWasm普及の重要な推進力である。

2026年以降の展望──「退屈な技術」への進化

Wasmは、コンテナを特定のユースケースにおいて置き換える技術として期待されている。マイクロ秒単位のコールドスタート、数メガバイトのモジュールサイズ、厳格なサンドボックスといった特性は、エッジコンピューティングやサーバーレス環境でコンテナを凌駕する可能性を持つ。ただし、汎用的なコンテナランタイムの完全な代替ではなく、軽量・高頻度な処理に特化した補完技術として定着するのが現実的な見通しである。

2026年以降、Wasmが目指すべき姿は「退屈な技術」への進化であろう。革新的であるがゆえに注目されるフェーズを超え、開発者がその存在を意識することなく利用する基盤技術となることが、真の普及を意味する。WASI Preview 3の安定化、コンポーネントモデルの標準化、そしてエッジベンダーによるプラットフォーム統合が進むことで、Wasmは2026年から2027年にかけて、その「退屈さ」を獲得する段階に入ると当総研は予測する。

FAQ

Q. WebAssemblyは何に使われているのか?

ブラウザでの高性能アプリ、エッジコンピューティング、サーバーレス関数、IoTデバイスなど、ネイティブ速度が求められる幅広い用途で採用されている。

Q. WASIとは何か?

WebAssembly System Interfaceの略称で、Wasmがブラウザ外のOS機能にサンドボックス内から安全にアクセスするための標準インターフェースである。

Q. Wasmはコンテナを完全に置き換えるのか?

完全な代替ではなく、エッジやサーバーレスなど軽量・高頻度処理の領域でコンテナを補完する技術として定着する見込みである。

Q. Wasm開発に最も適した言語は?

Rustがツールチェーンの成熟度で約1年先行しているが、C/C++、C#(Blazor)、Go、Pythonなども対応が進んでいる。

Q. ブラウザでのWasm普及率はどの程度か?

デスクトップ約0.35%、モバイル約0.28%だが、高トラフィックサイトほど採用率が高いべき乗則的分布を示している。

参考文献

  1. W3C, "WebAssembly Specification," https://www.w3.org/TR/wasm-core-2/
  2. Bytecode Alliance, "WASI Preview 3," https://github.com/WebAssembly/WASI
  3. Akamai Technologies, "Akamai Acquires Fermyon," 2025, https://www.akamai.com/newsroom
  4. HTTP Archive, "Web Almanac 2024 – WebAssembly," https://almanac.httparchive.org/
  5. Microsoft, ".NET 11 and WebAssembly," https://devblogs.microsoft.com/dotnet/
  6. Fermyon Technologies, "Spin Framework," https://www.fermyon.com/spin
  7. Yew Framework, https://yew.rs/