2024年末まで世界のLLM利用におけるシェアがわずか1.2%だった中国製オープンソースモデルが、2025年には約30%にまで急伸した。OpenRouterとAndreessen Horowitzによる100兆トークン規模の実証研究が明らかにしたこの事実は、米国クローズドモデル一強の時代が終わりつつあることを示唆している。本稿では、Alibaba Qwen、DeepSeek、Moonshot AI Kimiの3大プレイヤーを軸に、グローバルAI勢力図の変容とエンタープライズが取るべきマルチモデル戦略を分析する。

1.2%から30%へ ── 中国オープンソースAIの急成長

OpenRouterが2025年12月に発表した「State of AI」レポートによれば、同プラットフォームで処理された100兆トークン以上のLLM利用データを分析した結果、中国製オープンソースモデルのシェアは2024年末の週次1.2%から、2025年には約30%に達した。この成長はオープンソース全体のシェア(約30%)のほぼ全てを中国勢が占める形で進行し、Llama系など従来の欧米オープンモデルのシェアを侵食している。

注目すべきは、クローズドモデル(OpenAI、Anthropic、Google)が依然として70%のシェアを維持している点である。つまり、中国オープンソースモデルの台頭は、米国クローズドモデルではなく、米国・欧州発のオープンモデルを置き換える形で進んでいる。この構図は、エンタープライズにとって「クローズドか中国オープンか」という二項対立ではなく、より複雑な選択肢の登場を意味する。

3大プレイヤーの技術力と戦略

DeepSeek ── 2025年最大のAIストーリー

2025年1月にリリースされたDeepSeek-R1は、高度な推論、数学問題解決、技術コンテンツ生成に最適化されたモデルとして、GPT-4やo1に匹敵する性能を示した。MITライセンスでの公開という戦略的決定により、世界中の組織が自社インフラでの運用やファインチューニングを自由に行えるようになった。DeepSeek V3とR1シリーズは「2025年最大のAIストーリー」とも評され、オープンモデルがフロンティア性能に到達できることを実証した。

Qwen(Alibaba)── オープンモデルファミリーのリーダー

Alibabaが開発するQwenは、現在最も包括的なオープンモデルファミリーとして評価されている。2025年4月に発表されたQwen3は、0.6Bから235Bパラメータまで8種類のモデルを展開し、Dense型とMoE(Mixture of Experts)型の両アーキテクチャをカバー。ビジョン、オムニモーダル、コーディング、埋め込み、リランカーと、エンタープライズが必要とするほぼ全ての用途に対応する。

Qwen開発チームのテクニカルリード林俊揚氏は、2025年末の北京でのAIカンファレンスにおいて「今後3〜5年で中国企業が米国テック大手を追い抜く確率は20%未満」と発言した。その理由として、米国の計算インフラが中国の「1〜2桁大きい」点を挙げている。この謙虚な自己評価は、性能面では追いついているものの、スケーリングにおける格差が依然として存在することを示している。

Kimi K2.5(Moonshot AI)── エージェント型AIの新王者

2026年1月にリリースされたKimi K2.5は、1.04兆パラメータのMoEアーキテクチャ(アクティブパラメータ320億)を採用し、SWE-Bench Verifiedで80.9%の解決率を達成。Artificial Analysisのランキングでは、OpenAI、Google、Anthropic以外で最強のモデルと評価されている。AIME(数学推論)で77.5点(GPT-4oの9.3点を大幅に上回る)、MATH 500で96.2点、LiveCodeBenchで47.3点、Codeforcesで94パーセンタイルという成績は、コーディングと推論の両面での実力を示している。

特筆すべきは、複雑なタスクに対して最大100のサブエージェントを自己指揮し、1,500回のツールコールを並列実行できる「エージェントスウォーム」技術である。これにより単一エージェント構成と比較して実行時間を最大4.5倍短縮できる。また、ネイティブマルチモーダルプログラミングにより、FigmaのデザインモックアップからReact/Vueコードを直接生成する機能も備える。

コスト面では、Claude Opus 4.5と比較して約95%安価($0.60/Mトークン)とされ、VSCode、Cursor、Zed向けの無料Kimi Code統合も提供。ただし、トークン出力速度は34.1トークン/秒とClaude Sonnet 4の91.3トークン/秒より遅く、推論過程の可視化やコスト追跡機能はClaude Codeに劣るとの評価もある。

エンタープライズが直面するマルチモデル戦略の再構築

この勢力図の変化は、エンタープライズに対して従来の「単一ベンダー依存」モデルからの脱却を促している。具体的には以下の3つの戦略軸が重要となる。

コスト最適化: Kimi K2.5のように、Claude Opus 4.5の1/10以下のコストで同等品質を提供するモデルの登場は、大量推論ワークロードにおけるコスト構造を根本的に変える。バッチ処理や非リアルタイム用途では中国モデルへの移行が経済合理性を持つ。

データソブリンティ: MITライセンスで公開されたDeepSeekは、自社インフラでの完全なオンプレミス運用を可能にする。APIコストの継続的発生やデータの外部送信を避けたい組織にとって、これは決定的な利点となる。

ベンダーロックイン回避: OpenRouterのようなマルチモデルアグリゲーターの台頭により、単一APIで300以上のモデルを切り替えられる環境が整った。特定モデルの性能低下やAPI廃止リスクに対するヘッジとして、マルチモデル対応アーキテクチャの重要性が増している。

米中AI競争の実態と今後の展望

Google DeepMindのCEOデミス・ハサビス氏は、中国のAI開発について「フロンティアに追いつき、非常に近づけることは示したが、フロンティアを超える新しいイノベーション――例えば新しいトランスフォーマーのようなものを生み出せるかはまだ示されていない」と評している。ハサビス氏はこれを技術的制約ではなく「メンタリティ」の問題とし、DeepMindの「探索的イノベーション」文化と対比している。

一方、NVIDIAのジェンセン・フアンCEOは2024年に「米国はそれほど先行していない」と発言しており、評価は分かれる。Stanford HAI(Human-Centered AI Institute)の報告書は、中国がオープンウェイトモデルにおいて米国と「近い同等者(close peer)」になったと結論づけている。

今後の展望として、GPU輸出規制(ワシントンの対中制限)にもかかわらず中国が競争力を維持している事実は、ハードウェアアクセスだけがAI開発の決定要因ではないことを示している。効率的なアーキテクチャ設計、オープンソース戦略による開発者コミュニティの取り込み、そして圧倒的なコスト優位性という三位一体の戦略が、中国オープンソースAIの躍進を支えている。

FAQ

中国製オープンソースAIモデルは安全に業務利用できるか?

DeepSeek、Qwen、Kimiはいずれもオープンソース(MIT/Apacheライセンス)で公開されており、コードの監査が可能である。セキュリティ懸念がある場合は、オンプレミス環境での運用やプライベートクラウドへのデプロイにより、データの外部送信を完全に遮断できる。ただし、モデルのバイアスや出力品質については自社での検証が推奨される。

Qwen、DeepSeek、Kimiの使い分けはどうすべきか?

推論・数学タスクにはDeepSeek-R1、汎用的なエンタープライズ用途にはQwen3シリーズ、エージェント型タスクやコーディング支援にはKimi K2.5が適している。コスト最優先の場合はKimi、性能重視の場合はタスク特性に応じた使い分けが効果的である。

米国製クローズドモデル(GPT、Claude)から移行すべきか?

全面移行ではなく、ハイブリッド戦略が推奨される。高度な推論やセンシティブなタスクには引き続きクローズドモデルを、バッチ処理やコスト感度の高いワークロードには中国オープンモデルを使い分けることで、コスト最適化とリスク分散を両立できる。

中国製AIモデルの性能は米国モデルに追いついたのか?

ベンチマーク上では多くのタスクで同等以上の性能を示している。Kimi K2.5はClaude Opus 4.5をエージェント型ベンチマークで上回り、DeepSeek-R1はGPT-4に匹敵する。ただし、フロンティアを超える「新しいブレークスルー」については未だ米国勢が先行しているとの評価が多い。

参考文献