2025年、企業のAI投資は過去最大規模に達した。しかしMIT、Forrester、Gartnerの調査が示す現実は厳しい。GenAIプロジェクトの95%がROIを示せず、CFOの14%しか実質的な価値を実感できていない。2026年は「Show Me the Money」の年になる。本稿では、エンタープライズAI投資の失敗パターンを分析し、成功する5%の企業に共通する戦略と、投資判断フレームワークを提示する。
95%失敗の衝撃 ── MIT調査が暴いた「GenAI格差」
2025年7月、MITのProject NANDAは報告書「The GenAI Divide: State of AI in Business 2025」を発表した。52名の経営幹部へのインタビュー、153名のリーダー調査、300件の公開AI導入事例の分析に基づくこの報告書は、企業のGenAI投資300〜400億ドルのうち、95%のプロジェクトがP&L(損益計算書)に測定可能なインパクトを与えていないと結論づけた。
MITが指摘する核心的な問題は、AIモデルの性能でも規制でもない。「学習ギャップ」である。ほとんどのGenAIシステムはフィードバックを保持せず、コンテキストに適応せず、時間とともに改善しない。つまり、ツールとしての進化が組織の中で起きていないのである。
報告書はこの現象を「GenAI格差(GenAI Divide)」と名付けた。高い導入率と低い変革率の間に構造的な断絶が存在する。9つの主要セクターのうち、テクノロジーとメディアの2セクターのみがGenAIによる実質的なビジネス変革を達成していた。大企業はパイロット件数ではリードするが、本番展開では遅れをとるという「エンタープライズ・パラドックス」も確認された。
CFOの目覚め ── 14%しか価値を実感できない現実
2025年12月、RGPが発表したCFO調査「The AI Foundational Divide: From Ambition to Readiness」は、テクノロジー・ヘルスケア・金融・消費財の各業界から200名の米国CFOを対象に実施された。結果は象徴的である。66%のCFOが2年以内に大きなAI ROIを期待する一方、現時点で実質的な価値を報告できたのはわずか14%であった。
障壁は明確である。35%のCFOがデータの信頼性をROI達成の最大の障壁として挙げ、企業データを完全に信頼していると回答したのは10%にすぎない。86%がレガシーシステムがAI導入の準備を制限していると回答し、68%がスキルギャップを最も重大な課題として認識している。
Forresterの調査はさらに厳しい。2025年のState of AI Surveyによれば、AI意思決定者のうち過去12ヶ月でEBITDA(利払い前・税引き前・減価償却前利益)の改善を報告したのは15%にとどまり、AIの価値をP&Lの変化に結びつけられる企業は3分の1未満であった。Forrester首席リサーチオフィサーのSharyn Leaverは「2026年はAIのハイプ期が終わり、安全なAIイニシアチブから実際に測定可能な成果を出すプレッシャーが強まる」と述べている。
2.5兆ドルの賭け ── 2026年AI投資の行方
GartnerとForresterの2026年予測は、対照的でありながら補完的である。Gartnerは2026年のAI関連支出を全世界で2.52兆ドル(前年比44%増)と予測する。IT支出全体は6.08兆ドルに達し、初めて6兆ドルを超える。しかし同時に、Gartnerは2026年のAIを「幻滅の谷(Trough of Disillusionment)」に位置づけた。新規の「ムーンショット」プロジェクトではなく、既存ソフトウェアベンダーを通じたAI導入が主流になるという見方である。
一方のForresterは、企業が計画していたAI支出の25%を2027年に繰り延べると予測する。ROIの証明が不十分なため、CEOがCFOをAI投資の意思決定により深く関与させるためである。Forresterによれば、AI意思決定者の約半数が1年以内の投資回収を期待するが、3年間のタイムラインにコミットしているのは14%にすぎない。
KPMGの2026年第1四半期AI Pulse Surveyは、ビジネスリーダーの67%が景気後退が発生してもAI支出を維持すると回答したことを報告している。予測される展開額は1社あたり平均1.24億ドルである。Kyndrylの2025年Readiness Reportでは、CEOの61%が1年前と比較してAI投資のROI証明へのプレッシャーが増していると回答した。
成功する5%の共通パターン ── BPR 2.0とワークフロー再設計
では、ROIを実現している5%の企業は何が違うのか。MIT調査とその他の研究から、いくつかの構造的パターンが浮かび上がる。
第一に、バックオフィス自動化への集中投資である。AI予算の過半数がセールス&マーケティングに投じられている現状に対し、MITが最大のROIを確認したのはバックオフィス業務の自動化であった。BPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)の削減、外部エージェンシーコストの削減、オペレーションの効率化が具体的な成果として挙げられている。
第二に、自社開発よりも専門ベンダーの活用である。MIT調査では、外部の専門ベンダーが構築したツールの成功率は約67%であったのに対し、社内開発の成功率は約33%にとどまった。専門ベンダーはワークフローへの適合と導入定着に注力しており、統合コストを過小評価しがちな社内開発との差が顕著に表れた。
第三に、BPR 2.0(AIによるビジネスプロセス再設計)の実践である。1993年にMichael HammerとJames Champyが提唱したBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)は、AI時代に再び脚光を浴びている。McKinseyの2024年Operations Excellence Studyによれば、包括的なプロセス再設計を行った企業は60%のパフォーマンス改善を達成する一方、段階的な最適化にとどまった企業は15%の改善にとどまる。AI導入前にプロセスを根本から見直し、冗長なステップを排除してからAIを組み込む ── これが成功企業の共通アプローチである。
第四に、小さく始めて測定することである。200件のB2B導入事例の分析では、初期投資が1.5万ユーロ未満のプロジェクトが大規模導入の2.1倍のROIを達成していた。Human-in-the-Loopガバナンスを組み込んだプロジェクトは重大インシデントが4.2分の1に減少し、トレーニング投資を予算の25%以上確保した企業はROIが2.1倍になるというデータも報告されている。
AI投資判断フレームワーク ── 「測定の失敗」を超えて
UC Berkeleyの研究者らは、MITの95%「失敗」率に対して興味深い反論を提示している。95%の企業が失敗しているのではなく、「間違ったものを、間違ったタイミングで、間違った期待値で測定している」というものである。AI投資の成否を判断するには、従来の6ヶ月ROIという尺度だけでは不十分である。
以下に、調査結果を統合した投資判断フレームワークを提示する。
1. 投資領域の選定:セールス&マーケティングではなく、バックオフィス業務(請求処理、コンプライアンスチェック、社内サポート)から着手する。MIT調査が示すように、最大のROIはここにある。
2. Build vs. Buyの判断:社内開発の成功率33%、専門ベンダー活用67%という数字を踏まえ、コア競争力に直結しない領域は外部ツールを優先する。PwCが提唱する「AIスタジオ」モデル ── ビジネス目標とAI能力を紐づける集中型の推進体制 ── も有効なアプローチである。
3. 測定指標の再設計:コスト削減だけでなく、チーム生産性の回復(capacity reclaimed)、意思決定速度(decision velocity)、予測精度(forecast accuracy)、リスク低減を包括的に測定する。RGP調査では、CFOの61%がAIエージェントによってROI評価の方法自体を変える必要があると回答している。
4. ガバナンスの確立:EYの2025年調査では、AIをスケールまたは統合したと回答する企業が70%を超える一方、必要なガバナンスプロトコルを整備している企業は約3分の1にすぎない。AIポリシーを策定している企業も3分の1強、AIの影響を測定していると回答した企業はわずか21%である。
5. タイムラインの現実的設定:Forrester調査で約半数の意思決定者が1年以内の回収を期待している現状は非現実的である。200件のB2B導入分析では中央値の損益分岐点は8ヶ月、平均ROIは347%であったが、これはプロセス再設計を伴う成功事例の数字である。ERPシステムのように、真の変革には年単位の視野が必要な場合もある。
FAQ
なぜGenAIプロジェクトの95%が失敗するのか?
MIT調査によれば、主因はAIモデルの性能ではなく「学習ギャップ」にある。多くのGenAIシステムはフィードバックを保持せず組織内で進化しないため、パイロットから本番展開への移行に失敗する。大企業ほどパイロット件数は多いが成功率は低い傾向がある。
AI投資でROIを出すにはどの領域から始めるべきか?
MIT調査ではバックオフィス業務(BPO削減、オペレーション効率化)が最大のROIを示した。セールス&マーケティングには予算の過半数が投じられているが、投資対効果はバックオフィスの方が高い。小規模(1.5万ユーロ未満)から始めた方が大規模導入より2.1倍高いROIを達成している。
2026年のAI投資トレンドはどうなるか?
Gartnerは全世界でAI支出2.52兆ドル(前年比44%増)を予測する一方、Forresterは企業がAI支出の25%を2027年に繰り延べると予測している。「幻滅の谷」に入るが投資総額は増加するという、ROI証明が最重要課題となる局面である。
AI投資の成功率を高めるために企業は何をすべきか?
成功企業に共通するのは、AI導入前のビジネスプロセス再設計(BPR 2.0)、専門ベンダーの活用(成功率67% vs 社内33%)、Human-in-the-Loopガバナンスの導入、測定指標のP&L直結化である。コスト削減だけでなく意思決定速度やリスク低減も含めた多面的な評価が重要である。
参考文献
- MIT report: 95% of generative AI pilots at companies are failing — Fortune, 2025年8月
- RGP CFO Survey Shows Growing Divide Between AI Ambition and AI Readiness — BusinessWire, 2025年12月
- Predictions 2026: AI Moves From Hype To Hard Hat Work — Forrester, 2025年
- Gartner Says Worldwide AI Spending Will Total $2.5 Trillion in 2026 — Gartner, 2026年1月
- AI at Scale: How 2025 Set the Stage for Agent-Driven Enterprise Reinvention in 2026 — KPMG, 2026年1月
- 2026 AI Business Predictions — PwC, 2025年
- Beyond ROI: Are We Using the Wrong Metric in Measuring AI Success? — UC Berkeley Professional Education, 2025年9月
- AI ROI Analysis: Insights from 200 B2B Deployments — ResearchGate



