KubernetesがAI推論の事実上のオペレーティングレイヤーとなった2026年。CNCF年次調査では、コンテナユーザーの82%が本番環境でKubernetesを稼働させ、生成AIモデルのホスティングにKubernetesを利用する組織は66%に達している。GPU共有技術の進化はコスト削減の切り札となり、Platform Engineeringチームが再利用可能なAI基盤ブロックを標準化する動きが加速している。本記事では、教育の視点からこの技術的転換を分析し、インフラエンジニアやMLエンジニアが2026年に身につけるべきスキルと学習パスを論じる。
Kubernetes=AI推論基盤の事実上のOS化
2026年1月に公開されたCNCF年次クラウドネイティブ調査は、KubernetesのAI領域における支配的地位を数字で裏付けた。コンテナユーザーの82%が本番環境でKubernetesを運用し、そのうち66%が生成AIモデルの推論ワークロードにKubernetesを採用している。一方で、44%の組織がまだKubernetes上でAI/MLワークロードを稼働させていないという事実も示されており、市場にはなお大きな成長余地がある。
この急速な普及を下支えしているのが、Kubernetes自体のAI対応機能の成熟である。2025年9月リリースのKubernetes 1.34では、Dynamic Resource Allocation(DRA)がGA(一般提供)に昇格し、GPUなどの特殊ハードウェアを標準化されたAPIで動的に割り当てる仕組みが正式サポートとなった。さらに2025年12月のKubernetes 1.35「Timbernetes」では、Gang Scheduling(アルファ)による分散学習ジョブの協調スケジューリング、GPUリソースハンドリング(ベータ)によるファブリック接続GPUの管理、In-Place Pod Resize(GA)によるリソースの動的調整が導入されている。
加えて、CNCFは2025年11月にKubernetes AIコンフォーマンスプログラムのベータ版を立ち上げた。v1.0で初期参加者を認定し、2026年にはv2.0で推論パターンの拡充、監視メトリクスの強化、セキュリティ要件の厳格化が予定されている。学習者にとって重要なのは、このコンフォーマンスプログラムが「Kubernetes上でAIワークロードを実行する際のベストプラクティス」を業界標準として定義しつつある点である。
GPU共有技術がもたらすコスト革命
GPU共有は、AI推論基盤のコスト最適化において最も直接的なレバーである。主要な4つの技術アプローチを整理する。
Multi-Instance GPU(MIG)は、NVIDIA Ampere以降のアーキテクチャで利用可能な機能で、1つの物理GPUを最大7つの独立したGPUインスタンスに分割する。各インスタンスは専用のメモリとコンピュートリソースを持ち、ハードウェアレベルでの分離を実現する。
GPUタイムスライシングは、ソフトウェアベースのGPU共有手法で、複数のワークロードが順番にGPUへのフルアクセスを取得する。例えば4人の開発者が1台のH100を共有することで、開発者あたりのコストを75%削減できるとCast AIは報告している。
NVIDIA MPS(Multi-Process Service)は、CUDAの仕組みを活用して複数プロセスを同一GPU上で並行実行する技術である。メモリとコンピュートリソースをワークロードごとに明示的に分割でき、推論のレイテンシ要件が厳しい場面で有効である。
vGPUは、IOMMU保護のもとで仮想マシンに物理GPUへの直接アクセスを提供する。ライブマイグレーションやVDI/コンピュートの混在環境に適している。
これらを組み合わせた場合のコスト効果は劇的である。タイムスライシングとスポットGPUインスタンスを併用することで、開発環境のGPU関連費用を最大93%削減した事例が報告されている。スポットGPU単体でも最大60%の追加コスト削減が見込める。これまで「GPUが足りない」と嘆いていた組織にとって、問題の本質はGPUの絶対数ではなく利用効率にあったという認識が広がりつつある。
Platform EngineeringによるAI基盤の標準化
Gartnerの予測どおり、2026年までに大規模ソフトウェアエンジニアリング組織の80%がPlatform Engineeringチームを設置するに至った。実態はこの予測を上回り、企業の約90%が内部プラットフォームを運用しているとの調査結果もある。そして2026年、このPlatform Engineeringの波がAI/MLパイプラインの統合へと本格的に向かっている。
先進的なプラットフォームでは、AIモデルをデプロイ可能なリソースとして抽象化し、ロールベースのアクセス制御、クォータ管理、ガバナンスポリシーを統合的に提供する。GCP上のAI/ML Internal Developer Platform(IDP)には6プレーン参照アーキテクチャが提案されており、データ集約型のMLワークロードに対応した標準設計が確立されつつある。
Backstageプロジェクトはこの文脈で重要な役割を果たしている。CNCF内でベロシティ5位にランクインし、2024年以降コントリビューション数が倍増した。American Airlines、Ericsson、IKEAといった大企業がBackstageベースのIDPを運用しており、ML基盤の標準化にも活用している。
筆者がAI教育プログラム「新人類育成計画」を運営する中で痛感しているのは、「全部教える」より「何を捨てるか」の判断こそが教育設計の本質だということである。Platform Engineeringにもまったく同じ原則が当てはまる。MLエンジニアにKubernetesのあらゆる知識を要求するのではなく、プラットフォームチームが複雑さを吸収し、セルフサービス可能なインターフェースとして抽象化する。これにより、MLエンジニアはモデル開発に集中でき、インフラの学習コストが劇的に低下する。
GPUスケジューリングの最前線 ── KAIからKueueまで
GPU共有を実現するためのスケジューリング技術も急速に進化している。2025年には、NVIDIAがRun:aiの技術をベースにしたKAI SchedulerをApache 2.0ライセンスでオープンソース化した。Run:aiが50,000以上のGPUクラスターで実証してきた大規模スケジューリング技術が、コミュニティの共有資産となったのである。KAI SchedulerはDynamic GPU Fractionsをサポートし、KubernetesのRequestとLimitの記法でGPUメモリとコンピュートリソースを細粒度に指定できる。
バッチ処理領域では、Kubernetes ネイティブなジョブキューシステムであるKueueが存在感を増している。KueueはデフォルトのKubernetesスケジューラと協調して動作するため、既存環境への導入障壁が低い。分散コンピューティングフレームワークのRayも、KubeRayプロジェクトによるKubernetes統合を通じて、OpenAI、Uber、Shopifyなどの大規模本番環境で採用されている。
モデルサービングの領域では、KServeがCNCFインキュベーティングプロジェクトに昇格し、scikit-learnからvLLMまで幅広いフレームワークに対応する統合的な推論サービング基盤としての地位を固めつつある。Container Device Interface(CDI)の標準化も進み、コンテナランタイムとデバイスプラグインの連携が整備されたことで、GPUを含む特殊デバイスの管理がベンダー非依存で行えるようになった。
筆者はJDLA認定講座の講師としてディープラーニングの教育に携わっているが、AIを教える際に最も難しいのは「なぜそれが必要か」という動機付けである。GPUスケジューリング技術についても同じことが言える。MIG、タイムスライシング、MPSといった技術の仕組みを暗記するのではなく、「なぜGPUを共有する必要があるのか」「どのワークロードパターンにどの共有方式が適しているのか」という問いから学び始めることが、実践力につながる。
学習者のための2026年スキルマップと学習パス
CNCF 2026年調査で最も注目すべき変化は、クラウドネイティブ導入の最大の課題が初めて「技術的困難」ではなく「開発チームの文化的変革」(回答者の47%)になったことである。トレーニング不足(36%)、セキュリティ(36%)、複雑さ(34%)といった技術的課題はいずれも前年から低下した。これは、ツールの成熟とともに、人材育成の重要性が相対的に高まっていることを意味する。
Platform Engineerの役割自体も細分化が進んでいる。Infrastructure Platform Engineer(IPE)、DevEx Platform Engineer(DPE)、Security Platform Engineer(SPE)、Observability Platform Engineer(OPE)、そしてAI特化型Platform Engineerといった専門分化が起きている。DevOps関連の人材では15%の需要増が見込まれる一方、37%のスキルギャップが報告されている。
学習者が取るべき具体的なステップを整理する。
Phase 1: Kubernetes基礎(1〜2か月)として、CKAD(Certified Kubernetes Application Developer)の取得を推奨する。受験料は445ドルで、ソフトウェア開発者向けの実践的な試験である。Kubernetes上でアプリケーションを設計・ビルド・デプロイする能力を証明できる。
Phase 2: GPU管理とDRA(2〜3か月)として、NVIDIA GPU Operatorの導入、CDI対応のコンテナランタイム設定(CRI-O 1.24+, containerd 1.7+)、MIG・タイムスライシングの実機操作を学ぶ。Kubernetes 1.34のDRA GAを前提とした構成を手元で検証することが重要である。
Phase 3: Platform Engineering実践(3〜6か月)として、BackstageベースのIDPの構築、KueueやKServeの導入、GitOpsパイプライン(ArgoCD / Flux)の設計を行う。GitOpsを広範に活用している「クラウドネイティブ・イノベーター」は全体の58%であり、ここが実務能力の分水嶺となっている。
CKA(Certified Kubernetes Administrator)保有者の米国平均年収は約147,466ドル、CKAD保有者は約124,144ドルと報告されており、認定資格の投資対効果は明確である。さらに、CKA・CKAD・CKS・KCNA・KCSAの全5認定を取得すると「Kubestronaut」の称号が得られる。
筆者はこれまで延べ100人以上にAI技術の教育を行い、コミュニティ継続率90%を達成してきた。その経験から断言できるのは、コミュニティの継続率を決めるのはコンテンツの質ではなく「次に何をすればいいか」の明確さである。上記のフェーズ分けも、この原則に基づいている。技術の全体像を網羅するのではなく、各フェーズで「次のアクション」が明確に見える設計こそが、学習を継続させる鍵である。
FAQ
KubernetesでAI推論を動かすメリットは何か?
GPU共有によるコスト削減(最大60〜93%)、DRAによる動的リソース割り当て、KServeによる統合モデルサービング、GitOpsベースのCI/CDパイプライン統合が主なメリットである。CNCFの調査では66%の組織がKubernetesで生成AIモデルをホスティングしている。
GPU共有で性能劣化はどの程度起きるか?
MIGはハードウェアレベルの分離により性能への影響が最小限である一方、タイムスライシングはコンテキストスイッチに伴うオーバーヘッドが発生する。推論のレイテンシ要件が厳しいワークロードにはMIGまたはMPSが推奨される。ワークロード特性に応じた使い分けが重要である。
Platform Engineerになるために最初に学ぶべきことは?
まずCKADの取得を目標にKubernetesの基礎を固め、次にGPU Operator・DRAの実機操作、最後にBackstage・Kueueを使ったIDP構築へ進むのが推奨パスである。Phase 1〜3で6か月程度の学習期間を見込むとよい。
DRA(Dynamic Resource Allocation)とは何か?
DRAはKubernetes 1.34でGAとなったGPUなどの特殊ハードウェアの動的割り当て機構である。従来のDevice Pluginに代わり、標準化されたAPIで複数のリソースクレームが同一物理デバイスを柔軟に共有できる。Kubernetes 1.35ではファブリック接続GPUの管理もベータサポートされている。
小規模チームでもGPU共有の恩恵を受けられるか?
受けられる。タイムスライシングは追加ハードウェア不要でソフトウェアのみで実装可能であり、4人で1台のGPUを共有すれば1人あたり75%のコスト削減となる。NVIDIA GPU Operatorの導入により設定の複雑さも大幅に低減されている。
参考文献
- Kubernetes Established as the De Facto Operating System for AI — CNCF, 2026年1月
- Kubernetes Fuels AI Growth; Organizational Culture Remains the Decisive Factor — CNCF, 2026年1月
- GPU Sharing in Kubernetes: Cost Optimization — Cast AI, 2025年
- Kubernetes v1.34: DRA Updates — Kubernetes Blog, 2025年9月
- CNCF Launches Certified Kubernetes AI Conformance Program — CNCF, 2025年11月
- NVIDIA Open-Sources KAI Scheduler — NVIDIA Developer Blog, 2025年
- 10 Platform Engineering Predictions for 2026 — platformengineering.org, 2026年



