2025年がAIエージェント元年だとすれば、2026年はマルチエージェントシステム(MAS)の年である。Gartnerによれば、マルチエージェントシステムに関する問い合わせは2024年Q1から2025年Q2にかけて1,445%急増した。複数のAIエージェントが協調して複雑なタスクを遂行するMASは、エンタープライズAIの次なるフロンティアとして注目を集めている。本稿では、MASの主要な設計パターンとフレームワーク選定の指針を解説する。
マルチエージェントシステムとは
マルチエージェントシステム(MAS)とは、複数のAIエージェントが相互に通信・協調しながらタスクを遂行するアーキテクチャである。ソフトウェア開発におけるマイクロサービスアーキテクチャのAI版と考えるとわかりやすい。各エージェントは特定の役割や専門性を持ち、構造化された対話を通じて情報を共有し、支援を求め合う。
MASの利点は、単一のモノリシックなAIでは困難な複雑なタスクを、専門化したエージェントの協働によって解決できる点にある。ただし、推論時の複数エージェント間の調整には相応の計算コストとレイテンシが発生する。LLMの挙動のばらつき、ハルシネーションのリスク、解釈可能性の課題は、特に高リスクや規制環境での本番運用における重要な障壁として残っている。
4つの基本オーケストレーションパターン
MASの設計において、エージェント間の協調方法を決定するオーケストレーションパターンの選択は極めて重要である。主要な4パターンを解説する。
シーケンシャル/パイプラインパターン:エージェントが順番にタスクを処理し、前のエージェントの出力を次のエージェントが引き継ぐ。Google ADKではSequentialAgentプリミティブがオーケストレーションを担い、output_keyによる状態管理で共有セッションに書き込み、チェーン内の次のエージェントが作業を引き継げるようにする。ワークフローが明確で段階的な処理が必要な場合に適している。
ルーティング/ディスパッチャーパターン:中央のルーターエージェントが入力を分析し、最適な専門エージェントにタスクを振り分ける。サブエージェントのdescriptionフィールドがLLMにとってのAPIドキュメントとして機能する。異なる種類のリクエストを適切な処理担当に振り分ける必要がある場合に有効である。
パラレルパターン:相互に依存しないタスクを複数のエージェントが同時並行で実行し、レイテンシを削減したり多様な視点を得たりする。出力は最終的に「シンセサイザー」エージェントによって集約される。独立したサブタスクへの分解が可能な問題に適している。
階層型/スーパーバイザーパターン:上位レベルのエージェントがコーディネーターとして機能し、タスクを配分して結果を集約する。トップダウン制御と意思決定が必要なタスクに効率的である。タスクが複雑すぎて単一のスーパーバイザーでは対応できない場合、複数層のスーパーバイザー(supervisor of supervisors)を導入する多層アーキテクチャも採用される。
スウォームパターンの可能性
従来のパターンとは異なるアプローチとして、スウォーム(群れ)パターンが注目されている。アリのコロニーなど自然システムに着想を得たこのパターンでは、多数のエージェントがシンプルなルールに従い、最小限の直接制御で並列に動作する。その結果、創発的な問題解決能力が生まれる。
LangGraph Swarmは、このスウォームの概念を実装した分散型アプローチを提供する。エージェントは共有ワークスペースを観察し、自らの専門性が関連する場合に貢献するという、より自律的な動作モデルである。中央集権的な制御を必要としないため、スケーラビリティと柔軟性に優れるが、予測可能性は低下する傾向がある。
主要フレームワークの比較と選定
2026年時点で、MAS構築の主要フレームワークとしてLangGraph、CrewAI、AutoGenの3つが挙げられる。それぞれ異なる設計思想を持ち、ユースケースに応じた選定が重要である。
LangGraph:グラフベースのワークフロー設計を採用し、エージェント間のインタラクションを有向グラフのノードとして扱う。条件分岐、ブランチングワークフロー、動的適応を伴う複雑な意思決定パイプラインに卓越した柔軟性を提供する。複雑なオーケストレーションと条件付き実行が必要なプロジェクトに最適である。
CrewAI:ロールベースモデルを採用し、エージェントが特定の責任を持つ従業員のように振る舞う。リサーチャーがライターに作業を引き継ぐようなチームワーク的なワークフローを直感的にモデル化できる。役割と責任に自然にマッピングできるプロジェクトに適している。
AutoGen:会話型エージェントアーキテクチャに焦点を当て、自然言語インタラクションと動的なロールプレイを重視する。エージェントがコンテキストに基づいて役割を適応させる柔軟な会話駆動型ワークフローに優れる。反復的なタスク、ブレインストーミング、レビュー重視のワークフローに最適である。
Model Context Protocolによる標準化
MASの実用化を加速させているのが、Anthropicが2024年11月に発表したModel Context Protocol(MCP)である。MCPは、AIシステムが外部ツール、システム、データソースと統合する方法を標準化するオープンスタンダードで、断片化された統合をシングルプロトコルに置き換える。
MCPの3つのコアプリミティブは、ツール、リソース、プロンプトである。Google Drive、Slack、GitHub、Git、Postgres、Puppeteerなどの人気エンタープライズシステム向けに事前構築されたMCPサーバーが提供されている。発表以降、コミュニティは数千のMCPサーバーを構築し、主要プログラミング言語向けのSDKが利用可能になった。OpenAIやGoogle DeepMindを含む主要AIプロバイダーも採用し、事実上の業界標準となっている。
ただし、2025年4月にセキュリティ研究者がMCPに複数の未解決セキュリティ問題があると報告している。プロンプトインジェクション、データ漏洩を可能にするツール権限の組み合わせ、信頼されたツールを静かに置き換えるルックアライクツールなどのリスクが指摘されており、本番導入時には十分な検証が必要である。
「Bag of Agents」の罠を避ける
MAS導入における典型的な失敗パターンとして「Bag of Agents」問題がある。Towards Data Scienceの分析によれば、無秩序にエージェントを追加すると、エラー率が17倍に跳ね上がる可能性がある。エージェントを増やせば能力が向上するという単純な発想は危険である。
成功するMAS設計には、明確な役割分担、適切なオーケストレーションパターンの選択、エージェント間通信の最小化、そして障害時のフォールバック戦略が不可欠である。2026年、MASは実験段階から本番運用へと移行しつつあるが、その成功は設計パターンの深い理解と適切な適用にかかっている。
FAQ
マルチエージェントシステムと単一エージェントの違いは?
単一エージェントは1つのAIがすべてのタスクを処理するのに対し、MASでは専門化した複数のエージェントが協調して動作する。MASは複雑なタスクの分解、並列処理、専門知識の組み合わせに優れるが、設計と運用の複雑性が増す。
どのフレームワークを選ぶべきか?
チームワーク的なワークフローにはCrewAI、複雑な条件分岐が必要な場合はLangGraph、会話駆動の柔軟なワークフローにはAutoGenが適している。プロジェクトの性質と必要な制御レベルに応じて選定する。
MASの本番運用における最大の課題は?
LLMの挙動のばらつきとハルシネーションリスク、エージェント間調整による計算コストとレイテンシ、そして解釈可能性の欠如が主な課題である。特に規制環境や高リスクなユースケースでは、十分なテストと監視体制が必要である。
MCPを使うべきか?
外部ツールやデータソースとの統合が多い場合、MCPは統合コストを大幅に削減できる。ただし、セキュリティリスクが報告されているため、本番環境では権限設定とセキュリティ監査を徹底すべきである。
参考文献
- Developer's guide to multi-agent patterns in ADK — Google Developers Blog, 2025年
- Multi-Agent Supervisor Architecture: Orchestrating Enterprise AI at Scale — Databricks Blog, 2025年
- CrewAI vs LangGraph vs AutoGen: Choosing the Right Multi-Agent AI Framework — DataCamp, 2025年
- Why Your Multi-Agent System is Failing: Escaping the 17x Error Trap — Towards Data Science, 2025年
- Introducing the Model Context Protocol — Anthropic, 2024年11月
- Designing LLM-based Multi-Agent Systems for Software Engineering Tasks — arXiv, 2025年
- 7 Agentic AI Trends to Watch in 2026 — Machine Learning Mastery, 2026年



