2025年、世界のテック企業は783社が人員削減を実施し、約24万5,000人が職を失った。そのうち70%は米国本社の企業による解雇である。2026年に入っても流れは止まらず、1月だけで約2万5,000人が削減された。しかし、この数字の裏側にはより複雑な構造変化が進行している。「AIに仕事を奪われる」という単純な物語では説明できない、解雇と採用が同時進行する逆説的な労働市場の実態を、データに基づき検証する。
「AI解雇」の実態 ── スケープゴートとしてのAI
2025年に米国で「AI起因」とされた解雇は約5万5,000件に達した。しかし、Resume.orgが採用担当者1,000人を対象に実施した調査は、異なる実態を浮き彫りにしている。
59%の企業が、解雇や採用凍結の理由としてAIの役割を「強調している」と回答した。「財務上の制約を認めるよりも、AIへの移行と説明する方がステークホルダーの受けがよい」からである。Deutsche Bankのアナリストは2026年は「AIリダンダンシー・ウォッシング」が顕著になると警告し、Oxford Economicsの分析も、リストラ、市場圧力、過剰採用の反動こそが解雇の主因であり、AI導入は副次的な要因に過ぎないと結論づけている。
すなわち、「AI解雇」の相当部分は実態としては財務リストラであり、AIはその体裁を整えるためのナラティブとして機能している。
解雇と採用の同時進行 ── 「Great Turnover」
2026年のテック労働市場を最も端的に表現するのは、「矛盾」である。92%の企業が2026年に採用を計画しているにもかかわらず、55%が同時に解雇も計画している。86%はQ1中の採用を予定しており、48%はQ1中の解雇を見込んでいる。
この現象は「ワークフォース・リバランシング(労働力の再均衡)」と呼ばれる。企業は「短期的な優先事項と合致しなくなった領域で人員を削減しつつ、売上、変革、効率に直結する機能で積極的に採用している」のである。
従来の景気循環型パターンとは本質的に異なる。過去の不況では、景気回復とともに同じ職種が再び採用された。しかし現在進行中の構造転換では、削減されたポジションの多くが恒久的に消滅し、全く異なるスキルセットを要求する新しいポジションが生まれている。
Klarnaの教訓 ── AI代替の現実
AIによる人員代替の楽観論に冷水を浴びせたのが、スウェーデンのフィンテック企業Klarnaの事例である。同社は約700名のカスタマーサービス担当者を削減し、OpenAIと共同開発したAIアシスタントに業務を移管した。CEOは「AIは人間が行うすべての仕事をすでに遂行できる」と宣言した。
しかし、現実は異なった。顧客からの苦情が増加し、満足度は低下した。AIシステムは共感を欠き、複雑な問題解決に対応できなかった。結局、2025年春から人間の担当者の再雇用を開始した。
Klarnaの事例は個別企業の失敗談にとどまらない。AI導入を理由に従業員を解雇した企業の55%が、その判断を後悔しているとForresterは報告している。Deloitteの調査では、エージェント型AIを実戦配備できる状態にある企業はわずか14%、実際に本番運用しているのは11%にすぎない。AIで人間を代替できると主張する企業の大半は、そのAI自体がまだ実用段階に達していない。
エントリーレベルの危機 ── Z世代のパラドックス
構造変化の最も深刻な影響を受けているのが新卒・若手層である。SignalFireの調査によれば、上位15社テック企業の新卒採用は2023年比で25%減少し、コロナ前水準と比較すると50%以上の減少となっている。新卒者が全採用に占める割合は大手テックで7%にまで縮小した。
ここに逆説が存在する。Z世代のAIQ(AI準備度)は22%と全世代で最も高い。AIツールの活用能力が最も高い世代が、まさにAIを理由としてエントリーレベルのポジションを奪われているのである。2021年以降、テック企業における技術職採用の平均年齢は3歳上昇している。
エントリーレベルのポジションはシニア人材を育成するパイプラインでもある。この入り口を閉じることは、5年後、10年後の人材枯渇を意味する。短期的な効率化と長期的な人材育成のトレードオフを、多くの企業は十分に認識していない。
スペシャリストの時代 ── 求められる人材像の変容
テック人材市場は「ジェネラリストからスペシャリストへ」という方向転換を見せている。従来の「ソフトウェアエンジニア」は細分化され、「フォワードデプロイドエンジニア」「MLOpsエンジニア」「AIセーフティリサーチャー」といった職種が台頭している。
2026年に最も重視されるスキルは「問題解決能力」(54%)が筆頭で、「新技術への適応力」(44%)、「コミュニケーション能力」(43%)が続く。「AIツールへの習熟」は31%にとどまり、基盤的能力の方がAI固有のスキルよりも高く評価されている。
2026年のテック人材市場の構造変化は、AIナラティブに覆い隠された財務リストラ、スキルセットの根本的な転換、エントリーレベル縮小による人材パイプラインの毀損が同時進行する複合的な構造変化である。労働者個人にとっては、「AIに代替されない」ことよりも、「AIと共に価値を生み出す」能力の獲得が鍵となるであろう。
FAQ
2026年のテック業界で本当にAIが大量解雇を引き起こしているのか?
一部はAI導入による構造的な変化であるが、59%の企業が解雇理由としてAIの役割を実態以上に「強調している」と認めている。財務リストラ、過剰採用の反動、組織再編が主因であり、AIはナラティブとして利用されている側面が大きい。エージェント型AIを本番運用している企業は11%にすぎない。
エントリーレベルのテック職は今後回復する見込みはあるか?
短期的には厳しい状況が続く。新卒採用はコロナ前の半分以下に減少しており、AIがルーティン業務を代替する構造的要因は解消されない。ただし、エントリーレベル縮小がシニア人材パイプラインの枯渇を招くことへの認識が広がれば、「AIネイティブ」な新卒ポジションが新たな形態で再創出される可能性がある。
テック人材が2026年に取るべき具体的な戦略は何か?
第一に、ジェネラリスト的ポジショニングからAI/ML、セキュリティ等の特定領域への専門化が有効である。第二に、AIツール活用能力以上に問題解決能力と新技術への適応力が企業に重視されている。第三に、AI関連解雇の多くはオフショアでの再雇用に転換されるため、グローバルな競争を前提としたスキル構築が不可欠である。
参考文献
- The Great Turnover: 9 in 10 Companies Plan To Hire in 2026, Yet 6 in 10 Will Have Layoffs — Resume.org, 2026年
- The AI layoff trap: Why half will be quietly rehired — HR Executive / Forrester, 2026年
- The SignalFire State of Tech Talent Report — SignalFire, 2025年
- The Agentic Reality Gap: Bridging Promise and Practice — Deloitte, 2025年
- AI layoffs are looking more and more like corporate fiction — Fortune / Oxford Economics, 2026年


