2026年、世界のIT支出は6.15兆ドルに達する見通しである。だがその巨額投資の裏側では、大半の企業がAI対応データの未整備という根本的な壁に直面している。Gartnerの調査によれば、AI対応のデータ管理体制を整備済みと確信できる企業はわずか37%にとどまり、60%のAIプロジェクトがデータ未整備を理由に2026年までに頓挫すると予測されている。本稿では、グローバルIT投資の膨張とデータレディネスの乖離がもたらす構造的リスクを、Deloitte・Gartner・BCG・Forresterの最新調査を基に検証する。
6.15兆ドルのIT支出 ── 史上最大の投資ブームの実態
Gartnerが2026年2月3日に発表した最新予測によれば、2026年の世界IT支出は前年比10.8%増の6.15兆ドルに達する。2025年の5.54兆ドル(前年比10%増)からさらに加速する形であり、AI関連投資が牽引役を担っている。Alphabet、Amazon、Microsoft、Metaの4社だけで2025年に3,500億ドル超のデータセンター・AI基盤投資を計画し、2026年にはさらに約4,000億ドルを追加投入する見込みである。
IDCの予測では、AI基盤への支出は2029年までに7,580億ドルに達するとされる。しかし、この投資規模の拡大が企業のAI成果に直結しているかといえば、現実は大きく異なる。巨額の資金がハードウェアとクラウド基盤に流れ込む一方で、その投資効果を引き出すためのデータ基盤は依然として整備途上にある。
データレディネスの現実 ── 「AI対応」を自認できる企業はわずか6%
IDCとNetAppが2025年に実施した「Enterprise AI Maturity Study」は、衝撃的な数値を明らかにした。自社のデータ基盤がAIに「完全対応」していると回答した企業リーダーはわずか6%であり、84%がストレージ環境はAI向けに最適化されていないと認めている。これは2024年の93%からは改善したものの、依然として圧倒的多数が未整備の状態にある。
Gartnerが2024年第3四半期にデータ管理責任者248名を対象に行った調査でも、63%の組織がAI向けのデータ管理体制を「持っていない」または「持っているか不明」と回答した。同社はこの結果を受け、2025年2月26日に「AI対応データの欠如がAIプロジェクトをリスクにさらす」と題した警告レポートを発表している。
Ciscoの「AI Readiness Index 2025」(30市場・8,000名以上のビジネスリーダーを対象)も同様の傾向を示す。完全に一元化されたデータ基盤を持つ組織は19%に過ぎず、ネットワークがAIに完全対応していると回答したのは15%、AIワークロードを処理できるインフラを持つと答えたのは28%にとどまった。54%はネットワークが現在のデータ量・複雑性に対応できていないと報告している。
投資と成果の断絶 ── AIでROIを実現できている企業は5%
BCGが2025年に1,250社以上を対象に行った調査は、AI投資の現実をさらに鮮明に描き出す。AIから実質的なリターンを得ている企業はわずか5%であり、60%は多額の投資にもかかわらず、ほとんど、あるいはまったく成果を得られていない。74%の組織がAIによるスケーラブルな価値創出に苦戦しており、その主因はデータガバナンスとデータアクセシビリティの問題である。
Deloitteの「State of AI in the Enterprise 2026」(2025年8〜9月、3,235名のリーダーを対象)も構造的な乖離を浮き彫りにする。74%の企業がAIによる収益成長を望んでいるが、実際にそれを達成しているのは20%に過ぎない。McKinseyの「State of AI 2025」(2025年11月)によれば、AIからEBIT(利払い・税引き前利益)への影響を報告した回答者は39%にとどまり、その大半が組織EBIT全体の5%未満の貢献にとどまっている。
Forresterの2026年予測はさらに踏み込み、計画済みAI支出の25%が2027年に繰り延べられると見込む。AI投資の価値を財務的成長に結びつけられる意思決定者は3分の1に満たず、ベンダーの約束と実際に提供される価値の乖離が拡大しているためである。
3〜5年のタイムラグ ── AI投資のROI実現に必要な忍耐と戦略
Deloitteの分析によれば、エージェンティックAIの導入企業の50%は3年以内のリターンを期待しているが、33%はROI実現に3〜5年を要すると見込んでいる。包括的なプログラムを実施した場合、3〜5年で200〜500%のROIが期待されるとされるが、これはデータ基盤の整備が前提条件となる。
このタイムラグが発生する構造的要因は3つある。第一に、AIは単独では機能しない。データ品質の改善、チーム再編、業務プロセスの再設計を伴って初めて成果を生む。第二に、複雑なシステム統合とユーザー定着に時間を要する。McKinseyの調査では、95%のIT責任者が統合課題がAI実装を妨げていると報告しており、強固な統合を実現した企業のROIは10.3倍であるのに対し、統合が不十分な企業は3.7倍にとどまる。第三に、汎用技術の生産性向上効果は歴史的に投資から数年遅れて顕在化する傾向がある(Brynjolfsson, Hitt & Yang, 2002)。
AI起因のインフラ障害 ── 増大するシステミックリスク
データ未整備のリスクはROI低下にとどまらない。AIワークロードの急拡大は、既存インフラへの負荷を急激に高め、障害リスクを増大させている。2025年10月にはAWSで15時間以上に及ぶ大規模障害が発生し、Downdetectorに1,700万件超の障害報告が寄せられた。Netflix、Snapchatをはじめとする多数のサービスが影響を受け、ChatGPTなどのAIサービスも巻き添えとなった。同月にはMicrosoft AzureでもDNS・接続障害が発生している。
Forresterは2026年の予測において、少なくとも2回の「複数日にわたる大規模クラウド障害」が発生すると警告する。根本原因として、AIデータセンターの増強がレガシーインフラに過剰な負荷をかけている点を指摘している。AI基盤への投資集中の裏で、レガシーシステムへの保守・投資が相対的に減少し、構造的な脆弱性が蓄積しているのである。Ciscoはこの現象を「AIインフラ負債」(AI Infrastructure Debt)と呼び、先送りされたアップグレードと応急処置の積み重ねが、時間の経過とともにイノベーションを減速させ、コストを膨張させると指摘している。
こうした背景から、15%の企業がプライベートクラウド上でのプライベートAI構築を2026年中に検討しているとForresterは報告する。また、CoreWeave・Lambda・Nebiusといったネオクラウド勢が2026年に200億ドルの売上を獲得すると予測されており、AI基盤の多様化が進行している。
対策 ── データレディネスを高めるための5つの優先事項
IDCの調査によれば、AI成熟度が最も高い「AI Masters」は収益24.1%改善、コスト25.4%削減を達成しており、データ基盤への投資は確実にリターンを生む。では、具体的に何から着手すべきか。
1. ビジネス目標との整合:AI戦略をビジネス優先事項(効率化・コスト削減・収益拡大・リスク低減・顧客体験向上)と直接結びつける。Deloitteの調査でも、事業変革を実現している企業は全体の34%に過ぎず、技術先行ではなく目的主導のアプローチが必要である。
2. データ品質基準の確立:正確性・完全性・一貫性・適時性・信頼性の5軸でデータ品質基準を策定し、定期的な品質監査を実施する。77%の組織がデータ品質を「平均以下」と評価しており、73%がAI実装における最大の課題としてデータ品質を挙げている。
3. メタデータ管理とガバナンスの強化:データの発見可能性・コンプライアンス・ライフサイクル管理を支えるメタデータ基盤を構築する。Forresterの調査では、データ戦略を持つ企業は69%に達するが、その多くがビジネス優先事項と断絶しており、戦略の実効性が問われている。
4. クラウドネイティブなデータパイプラインへの移行:レガシーなモノリシック基盤からモジュラー型のマネージドクラウドサービスへ移行し、リアルタイム・準リアルタイムのデータパイプラインを整備する。AI成功はモデル選択よりもデータエンジニアリングに依存する度合いが大きい。
5. 経営レベルでのガバナンス確立:データガバナンスを取締役会レベルの優先事項に格上げし、データオーナー・スチュワード・カストディアンの責任構造を明確化する。Deloitteの「Tech Trends 2026」は、セキュリティとガバナンスが2026年の差別化要因になると指摘している。
FAQ
データレディネス(データ準備度)とは何か?
組織が保有するデータがAI・機械学習モデルの学習・推論に活用できる状態にあるかを示す指標である。データ品質、アクセシビリティ、ガバナンス体制、メタデータ管理、インフラの最適化度合いなどを総合的に評価する。IDCの調査では完全にAI対応済みと回答した企業はわずか6%にとどまる。
なぜAI投資のROI実現に3〜5年かかるのか?
AIは単独では価値を生まず、データ基盤整備・業務プロセス再設計・組織変革を伴って初めて成果に繋がるためである。McKinseyの調査では統合が強固な企業のROIは10.3倍だが、不十分な企業は3.7倍にとどまり、基盤整備の差がリターンの差に直結する。
AIプロジェクトの失敗率はどの程度か?
Gartnerは2026年までにAIプロジェクトの60%がデータ未整備で頓挫すると予測している。BCGの調査ではAIから実質的リターンを得ている企業は5%に過ぎず、Gartnerの別の調査では生成AIプロジェクトの30%がPoC段階で放棄されるとしている。
データレディネスを改善するために最初に着手すべきことは?
ビジネス目標との整合が最優先である。AI戦略を事業上の優先事項と直結させた上で、データ品質基準の策定、メタデータ管理の強化、ガバナンス体制の確立を段階的に進めるのが効果的とされる。
AIインフラ障害のリスクは今後どうなるか?
Forresterは2026年に少なくとも2回の複数日にわたる大規模クラウド障害を予測している。AIデータセンター増強によるレガシーインフラへの負荷増大が主因であり、15%の企業がプライベートクラウド上のAI構築を検討し始めている。
参考文献
- Gartner Forecasts Worldwide IT Spending to Grow 10.8% in 2026 — Gartner, 2026年2月3日
- Lack of AI-Ready Data Puts AI Projects at Risk — Gartner, 2025年2月26日
- Are You Generating Value from AI? The Widening Gap — BCG, 2025年
- State of AI in the Enterprise 2026 — Deloitte, 2025年
- The State of AI 2025 — McKinsey, 2025年11月
- AI Readiness Index 2025 — Cisco, 2025年
- Forrester's 2026 Technology & Security Predictions — Forrester, 2025年
- Study: 6% of AI Managers Say Their Data Infrastructure Is AI-Ready — IDC/NetApp, 2025年



